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「近海マグロに焼きを入れる」
まぁ、皆さんの目で確認してみてください。 とりあえず変なリンクじゃないですから。 あ、いや。変かな?変かも知れないな。 ううん、良く分かんないや。 何はともあれ、バントさんご結婚おめでとうございます。 【追記】 久しくリンクなんて貼って無かったもんだから貼り方間違えてた。 慌てて直したら、既にハリーさんのコメントが入っててビックリした。早過ぎます。
ども
いやはや 全く更新してなかったに等しい2011年も、もう間もなく暮れようとしているわけだ。 そしてこの2011年というのは、後世の人々からしたら「なんじゃ!この年は!」と思われる事間違いなしの、とんでもない年だったわけである。100年後の高校の現代史では、「2011、まじやべー!こんなに覚えらんねぇーよ!」と言われてる事間違いなし。たぶん2011年の難関で脱落する高校生が大量発生し、若者の歴史離れに拍車がかかることであろう。2011年とは、そんな年であった。うむ。 いや とりとめもない妄想なぞ、どうでもよい。更新頻度の低下を過ぎゆく年のせいにしようとしても、それは濡れ衣と言うものであろ。それは私(わたくし)の怠惰によるものに相違ない。 そうです。はい。まったく、ごもっともです。(←極めて官僚的な返答 まぁ 来る2012年は、世界の果てのような私(わたくし)の過疎ブログに、どうでも良い記事をだらだら書く事の出来るような、極めて平和な一年になっていただきたいと心より思う訳である。 とりあえず 皆々様、よいお年を。
海岸沿いから内陸部に入ると、思いのほか地震による被害を目にすることは少ない。
地盤の弱い地区の電柱がみな一様に傾いていたり、瓦屋根が落ちたままブルーシートがかけられた家を見かけたり、道路のところどころに散見する陥没が、地震の被害を伝えるだけだ。 いや、 これはその後の壊滅的な被害を見て振り返っての感想だ。その時点では、未だ手つかずの崩落した道路を見て、心が泡立つような感覚だったはずだ。じっくり思い返してみると、自分の記憶機能の都合よさにほとほと感心する。次々とに衝撃的な光景を見せられる事によって、最初に被災状況を見た時の感覚が麻痺してしまっているのかもしれない。 亘理町にいる学生時代の友人宅を訪ねた。 彼は学生寮時代の友人で、このブログにも何度か顔を出してる(本人は知らぬ事であるが)。メールの連絡網で無事は確認していたが、彼の自宅は海岸線にも程近く、被害もあるのではないかとかねてより気がかりだった。 彼の自宅も屋根瓦が落ちたまま。「業者が忙しくて手配できないんだ。」サクランボ畑に囲まれた自宅の前で、彼は学生時代と変わらぬ笑顔を見せた。家族も無事で、彼も地区の消防団員として行方不明者の捜索に駆り出されたということだった。「幸か不幸か、俺は遺体を発見できなかったけどな。」サラリと言った彼の言葉に、彼が置かれた現実の重さが身につまされた。 それでも彼の家の辺りは大きな被害の様子も見当たらず、夏の陽射しが静かに東北の田舎町を照らしていた。 しかし、仙台東部道路の下をくぐり海岸に近付くと、当たりの景色が一変する。 亘理町荒浜。 津波で100人以上の人が犠牲となったその地は、不気味なほどに静まり返っていた。 建物という建物が消え失せていた。震災直後は瓦礫の町と化した荒浜地区も、大方の瓦礫は撤去され道路も車が通れるほどには整備されている。「これでもだいぶ片付いたんだ」と友は言う。しかし僕は「片付いた」という語感が持つ平和的な印象と、なにも無くなった土地が放つ圧倒的なまでの現実との乖離に混乱し、カメラを取り出す事も、言葉を発する事も出来なかった。ただ阿呆のようにそこに立ちすくみ、友の話に耳を傾ける事しか出来なかった。 被災地に来るにあたって、僕は様々なメディアから情報を得ていたつもりだった。映像もたくさん目にしてきた。しかし実際目の当たりにした被災地の光景は、その全てを圧倒してしまう程の存在感を持って僕から言葉を奪う。 視界の限りに広がる、凶暴な破壊の光景。 ほんの少し前まで、ここは人の生活する町であったはずだ。 朝になれば漁港に向かう軽トラックが走り 日の出と共に新聞配達のカブがエンジン音を響かせ お年寄りが手押し車を押しながら港へ向かい 登校時間ともなればランドセルの列が学校へ向かい 夕方になれば、どこの家からも夕餉の香りが漂ってきて 夜には家々の窓から明かりがこぼれる そんな町が、消え失せた。 コンクリート塀は引き倒され、電柱はなぎ倒され、家々は土台をむき出しにし、夏の陽射しが降り注ぐこの大地には、僕だけが立っている。恐ろしいほどの喪失感。その後、友と一緒に町の災害対策本部へ行ったり昼飯を食ったりしたのだが、なんだか不得要領な感じで町を後にした。破壊の光景がもたらす圧倒的な現実の風景が、現実感を失わせてしまったのかも知れない。 「色々と大変だろうけど、がんばれよ。」 別れ際に、そう言って友と握手した。 ただ、 奴の農夫然とした、ごつごつとした掌の感触だけが、現実の欠片のように僕は感じた。 ![]() 2011/7/14 福島県いわき市の四倉海岸近く 津波により半壊した家 近くにあったコメリは津波被害により完全に撤去されていた。この海岸は津波被害など到底考えられない遠浅の海岸であったにも関わらず、津波は海岸沿いの家々を破壊した。この道より北に向かう道路は、全て封鎖されている。福島原発の警戒区域に入るからだ。 ![]() ![]() 被害を免れた小さな食堂でラーメンを食べる。出来るだけ地元の店でお金を使う、それが何もできない僕に出来る、精一杯の支援だと言い聞かせながら。 どの町にもあるような寂れた店内には、近所の老人ホームから来ているようなお年寄りが、ヘルパーさんと見られる方々と一緒に食事をしていた。車いすに乗ったお年寄りは、にこやかに会話をしながら焼きそばやらラーメンやらを食べていた。狭い店内だから聞くとはなくとも会話が耳に入る。お年寄りの話題に震災の事がのぼることは一切なかった。店に流れるラジオから聞こえてくる情報は、いまだに被災情報が中心だった。暑い日だったが店にクーラーは無く、開いた窓から潮風が吹きこんでいた。 「津波は、大丈夫でした?」代金を支払う時、おかみさんに聞いてみた。 「ええ、ここまできたんですよ。」と、おかみさんは腰のあたりまで腕を上げた。 「よくぞご無事で・・・」僕は言葉に詰まる。 「運が良かったんだね。辺りの家は全部流されてね。店の周りも瓦礫だらけだったんですよ。だいぶ亡くなられた方もいてね。ようやく片付いて店を開けられるまでになったんですよ。」おかみさんは、何故か厨房の中の御主人に語りかけるような調子で話した。 「そうですか。色々大変でしょうが、がんばってください。ごちそうさま。」 僕はなんだか胸が詰まって、そう言うのが精いっぱいだった。
てなわけで
凡(おおよ)そ1ヵ月にわたって続いた諸国漫遊2011も無事終了したわけである。これだけ色んな所に出歩いて、取り立ててご報告するほどの事件もなく約束の地に戻ってこられたのも、ひとえに私(わたくし)の人徳と普段の行いの賜物であろう。じゃない?じゃない。 とは言え 今回の旅における走行距離も43,000kmに達し、様々なお国の風俗を目にするにあたり、やはり日本は広いなぁと感慨に浸ってみたりもする初老の自称ダンディ文豪(自称)なのである。 ![]() ![]() 雨が降ってたので今年は会えないかな?と思ってましたが、今年も会えました。 そしてここにもハナクソちょび太が! ![]() 静岡県富士市のコンビニ駐車場で出会ったトラ。 見ないふりしてますが警戒してます耳が。 ![]() 吉祥寺の店先にいた犬の置物。 いや、まじ本物そっくりでビビったじゃないか。 ![]() 陸前高田から大船渡に抜ける峠のパーキングにいたトラ。 やけに人懐っこくてすり寄ってきてくれましたが、おかげで顔の撮影ができませんでした。 ![]() 青函フェリーに一緒に乗り合わせた柴犬チャックくん。 とてもおとなしい犬で可愛かったです。 ![]() 札幌の羊。夏場にこういう形態でいると言うのは、或る意味我慢強くないと出来ません。 ![]() どこかで見かけた燕の三つ子。 と、 ここまで見てくださった我慢強い皆様は同様の感想をお持ちのことだろう。いわく、「人じゃぁ、ねーじゃん!」とな。うんうん。正解。あなたの言う事は全く持って正しい。ということで、お会いした方のレポートはまた次の機会に。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 本当に4ヵ月の時が流れたのであろうか? それは昨日の事ではなかったのか? 復興とは何だ?支援とは何だ? これは、現実の出来事なのか? カメラを向けるのさえ躊躇われる。 心を踏ん張らねば、シャッターすらも押す事が出来ない。 車から降りて、呆けたようにあたりを見る。 ふと足元に、グローブが落ちていた。 これも津波で流されてきたものか? 直後、僕は心が締め付けられるような思いに至る。 ![]() これは単に流れてきた「モノ」では無い。 ここで無くなった子供に供えられたものだった。 これは、本当に現実の出来事なのだろうか? ![]() ![]() 遠足?の子供たち。 ![]() 砂丘を写真に収めようとしてるサラリーマン風の二人。 なんか哀愁が漂います。 ![]() 白兎海岸のバス停。おばあさんが良い味出してます。 ![]() 大黒様と因幡の白兎と、白兎とぶち犬。 ![]() 白兎神社。その参道には・・・ ![]() ![]() ![]() このように兎のモニュメントが・・・ ああ、これは今年の干支ネタにつかえたなと気づいたけれども、 もはやアフターフェスティバル(後の祭り)。 ![]() 出雲大社。 ![]() 出雲大社は縁結びの神だそうですね。末永くお幸せに。 ![]() 大きな注連縄(しめなわ)です。 ![]() 宍道湖。 ![]() 真っ青な空に真っ赤な花。 ![]() 大山。 そんなこんなで、おおよそ本州3分の2周してまいりました2010年。 さて2011年はいったいどこまで行くのやら。。。 ![]() ![]() 山形市側より蔵王を望む。手前のビニールハウスは名物のサクランボでしょうか。 ![]() 奇跡的に再度見られた「幻日」。木の左上に光が見えています。 ![]() あまりにも、あまりにも荘厳な夕日と雲。 ![]() 「緑のラブレター」神奈川県藤野市。 ![]() 富士に雲。空に月@山梨県。 ![]() 釣り人の目の前に降り立った鷺。 ![]() あまりの暑さに日陰で一休み。アイスが美味しそうです。 ![]() たぶん、駒ケ岳。 ![]() しばし暑さを忘れる。 ![]() こらこら。危ないぞ@長野県昼神温泉。 ![]() 親獅子頭の中に子獅子頭。 ![]() 妻籠宿@長野県 ![]() 妻籠宿の茶屋で一休み。
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